病院の医療ミス(医療過誤)に関する裁判は、患者が起こす民事裁判と刑事責任を追求のための刑事裁判の2種類がありますが、高い悪質性がない限り刑事裁判に発展することはありません。つまり、医療裁判の多くは患者が起こすものであり、患者は警察や検察のごとく自ら証拠を集めて戦わなければなりません。
医療裁判の特徴
医療過誤に関する裁判において、患者側の勝率は25%であり、通常の民事裁判が80%程度であることを考慮すると難しい裁判であることは明らかです。その理由として下記の事情が挙げられます。
■専門性が高い
医療分野は専門性が高く、医療過誤を立証するためには、患者側もそれを弁護する弁護士も相当の知識が求められます。実際、患者側は医療の素人であることがほとんどであるため、不利な状況での争いとなることは避けられません。
■協力医師が見つからない
立証を裏付けるために、協力医の存在は必要不可欠です。しかし、同業者のミスを認める行為は、自らの首を締めることにもなりかねないために、積極的に協力してくれる医師は少数です。また見つかったとしても必ずしも思い通りの回答をしてくれるわけではなく、かえって患者に不利になる回答になる可能性もあるのです。医療裁判では患者側に有利な証拠を集めることが困難になります。
■和解が多い
病院側が医療ミスを認めた場合、裁判は判決にまで至らずに和解によって終局します。医療裁判の約7割が和解成立となっている点をみると、ほとんどが判決に至る前に解決をしていることがわかります。
逆に和解が成立せずに判決にまで至った案件というのは、病院側が戦えると判断した案件である可能性が高くなります。実際に病院側が明らかにミスを認めているケースでは、訴訟前に病院側から和解を求めることがほとんどです。
■欠席裁判になることがない
通常の裁判では、相手側の欠席により勝訴となる割合が35%程度あるのに対し、医療裁判では欠席裁判による勝訴は1%にも満たない数字となります。このことも、勝訴率が低くなる要素の一つだといえます。
医療裁判の準備
医療裁判は、専門家vs素人という構図だからこそ、入念な事前準備が必要です。
■証拠保全
訴訟前に必ず行わなければならないのが、カルテなどの証拠資料の保全です。改ざんや隠匿を防ぐために、病院側に事前告知せずに行われます。裁判所の手続きの一つであるため、訴訟における有効な資料として扱われます。
病院側にとっても、改ざんや隠匿をしていないという証明になるため一方的に不利益を被るわけではありません。
■医学文献を読み込む
カルテを入手できても、そこから診療の過失や症状との因果関係を見いだせなければ意味がありません。本来なされるべきであった正しい診療を知識として得ておく必要があります。
基本的な知識を得るためには、成書とよばれる医学の教科書が有効な文献となります。標準化された内容であるため、信憑性の高い資料となりえます。
さらに個別の症状について書かれた医療論文では具体的な情報を得ることができます。欲しい情報だけを絞って探すことができますが、成書に比べると信憑性が低くなる可能性もあり、筆者の権威や執筆時期について注意が必要です。
■意見書を依頼
第三者の医師による客観的な意見は、有力な証拠となります。意見書のうち、原告や被告が独自に準備した依頼書を私的鑑定意見書と呼びます。関連文献の提出だけでは証拠として不十分であるため、専門医による意見書が必要となります。特にその分野に権威のある医師であるほど有力な証拠となります。
意見書入手は、医師と何らかのコネクションをもっている人でないと難しいかもしれません。書いてくれたとしても、リスク回避のために匿名とする可能性もあり、証拠能力不十分となる恐れもあります。高額な謝礼を要する可能性もあります。
裁判所による鑑定制度もありますが、必ずしも自分に有利になるものではないため事前に私的鑑定意見書を準備することが一般的です。
弁護士への依頼
医療裁判を自分の力だけで行うことは非常に難しいことです。
十分な証拠を集めたとしても、裁判では医療に関して素人である裁判官を納得させなければなりません。医師の発言と一般人の発言では、医師の発言の方に信憑性があると判断され一方的に不利な展開となる可能性もあります。
実際に、本人訴訟は1割程度であり訴訟の8割以上が双方とも代理人を専任して行われています。弁護士に依頼することで証拠文献や協力医が見つけやすくなるため、スムーズに手続きを進めることができます。患者側はかなりの労力を削減することができます。
また、弁護士であれば誰でもよいというわけではなく、医療裁判に特化した弁護士に依頼する必要があります。