2020年の東京五輪を控え、受動喫煙防止やチケット転売禁止といった法的整備が進んでいます。
また、最近話題となっている選手のドーピングに関するトラブルなど、スポーツには法的な問題も多く潜んでいます。今後益々、選手や競技団体を法的にサポートする弁護士の存在は欠かせなくなってくるでしょう。
今回はスポーツに関するトラブルを扱う分野、スポーツ法務について紹介します。
スポーツ法務とは?
スポーツ法務とは、スポーツに関する法的トラブルを扱う分野です。専門分野に特化した、いわゆるブティック型の法律事務所で扱っていることが多い分野でもあります。
時には競技者の立場に立って、時には競技団体の立場に立って問題の解決を図るなど、あらゆる方面からの法的サポートを行います。スポーツ法務では、具体的には次のようなトラブルを取り扱います。
■選考や処分についてのトラブル
競技団体と競技者との間に起こるトラブルとして、選手選考や処分に関するものがあります。選考に選ばれうる十分な成績を収めているのにも関わらず、オリンピック選考に落選してしまったなど、選手が競技団体へ処分取り消しを求めるような事例や、競技団体が選手の参加資格について取り消しを求める紛争などがあります。
組織内部の問題であるため、刑事上の責任が問われることはありませんが、後述する裁判外紛争解決手続(ADR)など、民事の場で解決を図ることができます。
■ドーピング紛争
競技者同士が正々堂々と戦うフェアプレーの精神は、スポーツの価値や魅力そのものともいえます。だからこそ、薬物などで意図的に能力を高めるドーピングは、スポーツにおいて禁止行為とされています。検査によってドーピングが認められた場合には、競技成績の失効、出場停止処分、資格停止処分が下される可能性があります。
しかし時には、意図的に行われたものでない行為や、検査の不備などにより、適正でない処分が下されてしまうこともあります。競技者が納得の行かない処分が下されてしまった際に、その取り消しを求めて、検査機関と争うケースがあります。
ドーピング違反に対して刑事罰を取り入れている国もありますが、2018年1月現在において、日本では刑罰化は先送りにされています。しかし2020年の東京オリンピックに向けて、ドーピングを違法行為とするドーピング防止法の制定など、取り締まりを強化していく流れもあります。
■スポーツ事故
スポーツに事故はつきものです。有事の際には、リスクマネジメントは十分であったかどうか、指導者や施設管理者に対する法的な責任が問われます。競技者の健康状態を把握していたか、用具・施設の安全配慮、練習プログラムに問題はなかったかなど、様々な側面から責任が問われます。
スポーツ事故では、刑事責任、民事責任どちらも問われることがあります。具体的には、刑事では業務上過失致死罪や業務上過失傷害罪が、民事では不法行為責任が可能性としてありえます。
また競技者と指導者だけでなく、競技者同士の事故についても、一方に過失責任が問われることもあります。
■パワハラ・セクハラ
最近多くなってきているのが、コーチと競技者との間に起こる、パワハラやセクハラといった指導を巡るトラブルです。特に日本では体罰が古い伝統として正当化されていることも少なくはなく、指導と暴力の境界線について争われることがあります。
体罰行為によって身体的苦痛を負わせた場合、当然に刑事上の責任が生じます。傷害罪や暴行罪、脅迫罪、強要罪、監禁罪、さらに死に至らしめた場合には、傷害致死罪や業務上過失致死罪に問われます。さらに損害賠償請求など民事上の責任にも問われます。
また、女子選手や女性指導者に対するセクシャル・ハラスメントも度々問題となります。行為によっては、強姦罪や強制わいせつ罪などの刑事責任が問われます。また民事では、セクハラを行った本人または雇用者に対して、不法行為や債務不履行責任に基づく損害賠償請求が発生することもあります。
■契約関連業務
トラブルの折衝だけでなく、選手とその所属団体やスポンサーとの契約交渉、契約に関する書類作成を代理する役割もあります。また海外進出のための契約周りのサポートや、肖像権・著作権関係のマネジメントも、スポーツ法務の業務範囲です。
スポーツ仲裁や調停を扱う日本スポーツ仲裁機構(JSAA)
スポーツ関連の紛争を扱う機関に、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(JSAA)があります。裁判外での法的トラブルの解決を図る、裁判外紛争解決手続(ADR)機関の一つです。
裁判外紛争解決手続(ADR)は、裁判を行うよりも安価で手続きが出来る、スポーツ法務の専門家が仲裁人や調停人を務めるため話が早い、といったメリットがあります。
ADRについては、「裁判外紛争解決手続き(ADR)を利用しよう!」も御覧ください。
JSAAは、2003年4月に発足しました。元競泳選手の千葉すずさんが、シドニーオリンピック代表選手に選ばれなかったことを不服として、当時日本人として初めてスイスのスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴したことがきっかけで、国内でスポーツ仲裁機関の必要性が高まり発足に至りました。
JSAAでは次のような手続きを行っています。紛争の内容や、申立人(申し立てする側)や被申立人(申し立てされる側)の属性によって手続きの種類が変わってきます。
■スポーツ仲裁規則
■申立人:競技者など
■被申立人:競技団体や競技運営団体など
代表選考や処分といった競技団体の決定に対して、競技者側が不服申し立てや取り消しなどを求める際に行われる仲裁手続きです。
■ドーピング紛争に関する仲裁規則
■申立人:競技者や競技団体など
■被申立人:日本アンチ・ドーピング機構(JADA)など
日本アンチ・ドーピング機構(JADA)によるドーピング違反決定に対して、競技者や競技団体が不服を訴える際に行う仲裁手続です。
なお、国際競技大会における不服申立ては、スポーツ仲裁裁判所(CAS)においてのみ可能ですが、それ以外の国内水準の競技者の不服申立てについては、JSAAで手続きが可能です。
■加盟団体スポーツ仲裁規則
■申立人:競技運営団体
■被申立人:上記に加盟する競技団体
日本オリンピック委員会や日本体育協会など、競技を運営する団体による処分決定に対して、各競技の加盟団体が不服申立をするための手続きです。
■特定仲裁合意に基づくスポーツ仲裁規則
■申立人:制限なし
■被申立人:制限なし
上記以外の申立人や被申立人の制限のないスポーツに関するトラブルを扱います。
■スポーツ調停
上記の仲裁手続きが、強制力のある「仲裁判断」が伴う手続きであるのに対して、調停は法的な拘束力はありません。和解のための調停案は示されますが、従うか従わないかは本人たちの自由となっています。
スポーツ調停は、双方が和解に意欲的であり、公平な立場にある専門家の意見を聞きたいときに、有効な方法となります。仲裁と調停、それぞれ適した場面での利用が求められます。