契約を結ぶときには、書面に署名(記名)と押印をすることが一般的です。しかしそもそも契約に決まった形式はなく、当事者たちの意思表示の一致があれば成立するものです。スーパーでの買い物など、書面がない契約は日常的に行われていますよね。
では、契約書と署名押印にはどのような意味があるのでしょうか。契約書の意味、押印や署名の意味について簡単にまとめました。
契約書の意味
契約の成立条件は、本人達の意思表示の一致です。意思表示とは、申込みや承諾といった意思を外部に知らせる行為のことをいいます。契約書がないからといって契約が成立しないわけではありません。
しかし書面のない、いわゆる口約束による契約は、言った言わないのトラブルに発展しやすく、万が一裁判に発展したとしても、テープレコーダーなど別の証拠でもない限り、立証が難しく解決が困難になります。
そんな事態を回避することができるのが契約書です。契約書で内容を目に見える形で残すことで、お互いの解釈の齟齬をなくすことができます。
民事裁判の場合、証拠を集めるのは訴えを起こす側です。契約書の有無が、契約の成否に関わるわけではありませんが、トラブルを事前に回避するための予防策になったり、紛争解決のための重要な証拠になったりもします。
■書面がないと無効になる例外
契約は書面なしでも意思表示の一致があれば成立しますが、例外的に書面を必要とする契約もあります。代表的なものが、保証契約と身分に関する契約です。
保証契約は、連帯保証人など、一方的に不利な立場になりやすい保証人の保護のために、書面での契約でないと効力を生じないと定められています。
身分契約は、婚姻や離婚、養子縁組が具体例として挙げられます。婚姻や離婚の際には、意思表示の一致だけではなく、婚姻届や離婚届の提出が必要ですよね。養子縁組を組むにも、書面による法的な手続きが必要です。
押印の意味
契約書に署名や押印がないからといって、直ちに契約が無効となるわけではありません。しかし、万が一そんな契約書知りませんとシラを切られたら、契約書もただの紙切れとなってしまう可能性もあります。契約が本人の意思に基づくものであることを証明するためにも、署名や押印が必要なのです。
■二段の推定による押印の効力
法律上、私文書に本人の署名又は押印があるときには、反証がない限り、その文書は確かに成立しているということが推定されます。(民事訴訟法第228条4項)
もちろんここでいう署名や押印は本人の意思に基づくものでなければなりません。押印が本人の意思であることの立証は非常に困難ですが、過去の判例では、文書の印影が本人のものであると確定されれば、反証がない限り、押印は本人の意思に基づいてされたものと推定される、としています。(最高裁昭和39年5月12日判決)
つまり、上記の二つの推定を合体すると、文書の印影が本人のものであることが確かである=本人の意志に基づく押印である=文書は確かに成立している、と二段階の推定が成立します。これを二段の推定といいます。
この二段の推定によって、文書の真正を争う多くの場面では「文書の印影が本人のものであるか否か」が論点となるのです。
■判子の種類による違い
判子には、市区町村に登録してある実印と、それ以外の認印があります。判子の種類については「シャチハタ・認印・実印の違いとは?三文判と銀行印のギモンもスッキリ解消」を御覧ください。
二段の推定は判子の種類に関係なく適用されます。実印であっても認印であっても証拠の一つにはなるのです。しかし印影が本人のものであることの立証は、実印の方が容易であることは明らかです。実印は、印影を印鑑証明書によって照合できますが、認印はどこかに印影を登録しているわけではないので、本人の印影であることを立証することは難しくなります。
認印か実印かで、契約の有効無効が直ちに決まるわけではありませんが、文書の真正を証明する場面では、実印の方が圧倒的に有利になることがわかります。
文書の真正性の証明力 認印<実印 |
■署名と押印
押印と同様、署名についても民法第228条4項の推定は適用されます。署名が確かに本人のものであれば、文書は正しく成立しているといえるのです。
署名が確かに本人のものであることを証明する方法として、筆跡鑑定があります。しかし筆跡鑑定は絶対的な証明力を持っているわけではなく、裁判では他の証拠を求められる可能性もあります。
署名だけでも証拠にはなりますが、文書の成立をより確実にしたい場合には、署名と押印をセットにして、証明力を高める必要があるのです。
押印で得をするのは債権者
訴訟において立証責任があるのは訴訟を起こす側です。契約書における債権者が訴訟を起こした場合、文書が真正であることを示すためには、二段の推定によって、印影が本人のものであることを立証すれば良いことになります。仮に契約書に実印が使われていた場合には、債権者は印鑑証明書を入手すれば事足りるということになります。
逆に訴えられた債務者側は、自分の押したものではないという反証をしなければならなくなり、その立証は多くの場合で困難を極めます。
押印一つで、債権者側は容易に立証が可能になり、一方で債務者側はかなり不利な立場に置かれることになるのです。
■反証が認められるケース
押印が自分の意思でないことを示すために、判子の共用が日常的であった、判子の紛失や盗難があったなど、判子が自分の管理下になかったことを立証することで推定を覆せることがあります。
また、押印は確かに自分でしたものだが、白紙の紙に押印したものを偽造された、別の書類と偽って押印させたなど、そもそも文書作成の意思がなかったことを立証することでも、推定を覆せる可能性があります。
反証が認められるのはこのように一部のケースに限られてきます。文書への押印、特に実印の使用は慎重に行うことが求められます。
二段の推定が覆せるケース ・判子の共用が日常的であった ・判子の紛失や盗難があった ・白紙の紙に押印したものを偽造された ・別の書類と偽って押印させた など |